朝の連載小説
くる こう もん

第七話「検討」


森本(仮名)は自分の役に立たなくなったズボン, そして便所のドアにかけてあるシャツとロングコートのポケットをまさぐり, なかに入っていたものを水洗式便器の蓋の上に並べていった.

「これだけか...」

彼はひとりごちた. 彼の前に並べられたものは, ジッポのライター, 自転車の鍵, テレフォンカード, そして, 852円しか入っていない財布のみであった.

ぼんやりとそれらのアイテムを眺める森本(仮名)の頭の中で, あるひとつの考えが次第に形を取りはじめた. それは, かつて彼が噂に聞いたり新聞で読んだりしたのも知れない, ある種類の性犯罪者のステレオタイプであった.

生まれたままの格好だった森本(仮名)は素早く立ち上がると, 無傷のシャツに腕を通し, 黒いロングコートを音立てて羽織った. 未だ湿り気と温もりの残れる靴は, 彼の素足に, かすかに「ぺちゃり」という感触を伝えてくる.

「何も, 何も考えるな!」

森本(仮名)は自分に言い聞かせた. 周りの人間がどう思おうと, どんな不審な眼差しを向けようとも, 自分さえそれを意識しなければ, 他人は己にとって存在しないにも等しいのだ. 森本(仮名)はロングコートの前を合わせるボタンを, かつてこれ以上きちんとしたことがなかった程に入念にかけ, 大便所の外に通ずるドアの前に立った. 彼は目を閉じた. 口を真一文字に閉じ, 拳を握り締め, 息を落ち着かせようとした. 彼の脳裏には, スタンリー・クーブリック監督「2001年宇宙の旅」のハイライトシーン, 母船に戻るため宇宙服なしで真空の宇宙空間に飛び出そうとするボウマン船長の悲痛な面持ちが浮かんでは消え, そしてそれは彼自身の表情と重なった.

...こうしていても何にもならない!

シーザー大帝曰く, ルビコン河を渡る時が来たのだ.

森本(仮名)は便所のドアを開け, 裸体の上に羽織ったロングコートの前をしっかりと合わせ, 外へと踏み出した.


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