朝の連載小説
くる こう もん

第五話「風雲」


コンクリートの壁に囲まれた公衆便所の狭いコンパートメントのなかで, 森本(仮名)はぼんやりと煙草を喫っていた.

彼は,洋風便座に腰を下ろしている. 横のドアには黒いロングコートが掛けられ, そして便器の周りには, 打ち棄てられたTシャツ, 靴下, ズボン, ハンカチなどが, あるがままの姿で転がっている.
それらは, もはや衣服としての使命を終え, 今は単なる布の集合体として, そこに在るだけである. 否, 衣服としての使命だけではなかった. 本来, 靴下やTシャツ達には, 所有者の汚れをぬぐい落すという使い道は与えられていない筈である. しかも, その汚れとは, 筆者のような良識を兼ね備えた人間であれば口にするのもはばかられるような物質であった.
彼は, かつて彼の衣服であった布製品たちに, 痛恨の眼差しを向けた.

「ティッシュさえ持っていれば...」

ええい, 馬鹿馬鹿しい. 一寸して彼は思った.
この便所に駆け込んできた時はすでにもう, 彼の下半身は, 拭くとか拭かないとかいう程度を越えた状態ではなかったか.
そんな時, 十枚や二十枚のティッシュペーパーが何の助けになるというのか.

彼の脳裏に浮かんでは消えるいろいろな思いも, 彼を絶望から救い出してはくれなかった.


..だれか友達に助けに来てもらうか...近くに住んでる奴っていったら...ケイちゃんとトシ坊と...あと, アシを持ってる奴がいいわなあ. そうだ. ケイちゃんに替えのズボンとパンツを買ってきてもらって, そうすれば, とりあえずどっかまで動けるから...


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