朝の連載小説
くる こう もん

第十四話「安息」


自宅の前にタクシーが滑り込むや否や, 森本(仮名)は運転手に「お金とってきます」と言い置き, 自宅のベルを鳴らした.
ベルを鳴らした.
鳴らした.

誰も出てこない.
森本(仮名)の自宅の玄関は, 階段を上がったところにそのドアがある.
しかし何の動きも見えない.

鳴らした.
ベルを鳴らした.

「淳(仮名)! どうしたの!」
いきなり上方でドアが開き驚愕の表情で顔を出した母親,

「いいからあのタクシー五千円いま金がな五千持ってき払わとにかく五千円」
「どうしたの! 怪我はどうなの! 大丈夫なの!」
いいから五千円!

もはや股間はどうでもいい.

森本(仮名)
全裸の上に羽織ったコートを
もはや押さえようともせず
大きなストライドで
自宅の玄関への階段を
二段またぎに
駆けのぼった.

静かな住宅街の
その一軒の白い家の
その二階にある玄関へと伸びる階段に
黒いコートが大きくひらめき,
生まれたままの姿の若者が飛び出し,
次の瞬間,
建物のなかへと
駆け込んでいった.


登場人物

母親
工場にバイトに行った息子が妙に早い時間に帰ってきた。 タクシーで帰ってきた。大変にあせっている。様子が尋常でない。 窓から見れば、風体も尋常でない
てっきりプレス機か何かで大怪我をしたのだと思ったそうだ。
タクシーの運転手
釣りの計算を一回間違え、 しかも去り際に「またお願いします」と意味不明のことを言って走っていったそうだ。
きっと、何か見てはいけないものを見てしまったのだろう。
森本(仮名)
ゆったりと風呂に浸かり、旅の汚れを洗い落とし、 そのあと服を風呂の流し場で手もみ洗いを行った。
すっかり痛ましい姿となったベトナムズボン・レッグウォーマーについては、 知恵と勇気と希望の象徴として末永く取っておきたいという意向を出したものの、 一笑に付され、それはポリ袋に詰められ、次の燃えるゴミの日に、 捨てられていったという。

- 了 -


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