朝の連載小説
くる こう もん

第十三話「巡航」


さいわいというか, そのタクシーは個人タクシーでは無いようであった.

森本(仮名)個人は, どちらかといえば個人タクシーのほうを常に採択する. 個人タクシーのほうが経験値深く, 運転や自動車そのものに対しても慎重かつ安全にことを運び, 無論顧客とのやりとりもスムーズかつ気持ちが良いからである.

しかし今日はこちらも普通の客ではない. 異様な風体の, しかも異様な香りを振りまく怪しい乗客なのである.
自分の持ち車で営業を行っている個人タクシーに, この任を負わせるには, あまりに気の毒な気がした.

「...(あっ!)」
森本(仮名)の恐れていた現象が, 常に現れてきたようだ.

臭い。

万全というにはあまりにも叶わぬ便所での緊急処置は, タクシーという密室内部の空気の循環においては, はなはだ無力だったと, 結論つけざるを得ない.

森本(仮名)は慌てて後部座席の窓を全開にし, 煙草を取り出し, すぱすぱ喫いだした. どうも運転手は煙草の臭いが好きではないようで, 時折咳をしているが, まことに申し訳ない. 一般社会における悪臭のベスト2, 煙草の煙と大便の香り, いままだ我慢できるのは前者のほうであろう. あなただって自分の管轄下の車内において後者の臭いを嗅ぎたくはないだろう. 私も意味なく立て続けにチェーン・スモークはきつい, だんだん喉が痛くなってきて目にも涙がたまってきた, しかし, いまこれをやめることはできないのだ. わかってほしい.

練馬区石神井台に入った.
家はもうすぐだ.


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