朝の連載小説
くる こう もん

第十話「落下」


子供たちを学校に送り出し, 夫を会社へと見送った女性たちは, 笑顔をトレーニングウェアに包み, ジョギングコースを駆け去ってゆく.
就学前の子供たちが, その小さな手に何か玩具を握りしめ笑い声をあげている.

平和な初秋の都立小金井公園のメイン・ファサードを, 森本(仮名)は, 黒いロング・コートの前をきつく合わせ, 両手をポケットに深く突っ込み, ゆっくりと歩みを進めていた.
もう十月だというのに, 森本(仮名)の額には汗ばみが感じられる.

いま彼は, 自分のコスチュームにおける重大な過失を感じていたのである. 彼がいま両足に装着している布の筒, つまり自分のズボンを膝下から切断して作成したレッグ・ウォーマー様の物体は, 彼の太股に当たる部分までそれをたくし上げることによって, 支えられている. つまり, 筒の内径と腿の直径との一致点における, 布と人体との摩擦力に負うていることになる.

発案そのものは良いものであった. しかし, ひとたび人間が活動を開始し, 歩行を始めた後では, 脚の各部に位置する筋肉はその鋼性と寸法を時々刻々と変え, そして腿の肉の直径ですら定数では表わすことが出来ないのだ.

事実を述べることにしよう. 彼の自作デニムズボン・レッグウォーマーは, 重力の法則にしたがい, 次第に下方へとずり落ちつつある.
そして, いくら歩幅を狭くし, 歩みをゆっくりとさせようとも, その落下を止めることができないのだ.


大便所で座りながら考案したこのデニムズボン・レッグウォーマー構想は失敗に終わろうとしているのか, と森本(仮名)は考えた. あれは単なる机上, いや便器上での空想にしか過ぎなかったのか.
しかし, すでに賽は投げられてしまった. あの便所を後にしてもはや数分経ったいま, もはや引き返すことはできない.
もし引き返したとしても, またあの泥沼に陥り, そして独り無駄に時間を費すのみである. ここまで来た以上, 前進あるのみだ.

しかし, デニムズボン・レッグウォーマーがゆるやかな落下を続けているのも事実である.
そして彼は両手をロング・コートのポケットに突っ込み, ポケットの奥でレッグウォーマーの布の上端を掴み, これ以上の落下を防いでいるのである.


...不意の秋風が, 公園の舗道に舞い散った枯れ葉たちを踊らせる. その時, 彼は下半身に吹き込んでくる空気を感じた.
ふと下方を見やった彼は, あっと息を呑んだ.
コートのポケットに突っ込んだ両手, ポケットの裏地を通してレッグウォーマーを落ちないようにつかみあげている腕には, いつしか力が入っており,
それは自然とコートの前の合わせ目を広げる方向に働いていた.

彼の股間はいまや, 何ひとつ遮るものなく, 爽やかな朝の公園のなかに開陳されつつあったのである.


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